
* 今回の検証に使用したTDK「初代SD」 *
初回からいきなりマニアックなタイトルで恐縮であるが、当博物館の学芸部はこんなものであるのでご容赦いただきたい(笑)。 TDKの「初代SD」はこちらでも紹介しているとおり、カセット初の音楽専用テープとされているもので、LHタイプの先駆けとなった製品である。 「SD」は、磁性粉を微細、均一化することによって物理特性を向上させ、また、バインダーも改良して化学的な安定性やテープ表面の平滑性を高めるなど、カセットテープの性能を飛躍的に向上させた製品であった。 当時のパンフレットによると、 「現在市販されているカセットの10,000Hzラインに対し、20,000Hzラインを可能にしました。」 「12,000Hzで+4dB以上と高音の伸びが非常にすぐれ、・・・驚異の超高音響テープです。」 「オープンテープに匹敵するHi-Fi録音が可能です。」 などと、何やら凄いことが書いてある(笑)。 |

* 当時のパンフレット *
(クリックすると内容をご覧になれます。)
そして、この「(周波数特性)・・20,000Hz・・云々」という部分は、特にマニア的にグッとくるところである。 人間の可聴帯域と言われている20Hz〜20,000Hz(20kHz)をカバーすることは、Hi-Fiオーディオ録音機が目指す目標の一つであり、当時はオープンリールデッキにとっても20kHzはハードルの高い数字であった。 ましてや、当時のカセットテレコの周波数特性(f特)が10,000Hz(10kHz)そこそこまでであったこの時代に、このテープは20kHzまで出せるとTDKは公言していたのである。 思わず「本当かよ〜??」と言いたくなるではないか(笑)。 もっとも、20kHzまで出るといっても、「20,000Hzライン可能」という微妙な言い回しをしているように、20kHzまでフラットな特性でという訳ではない。 実際、先ほどのカタログに記載されている周波数特性表を見ると、10kHz以上の高音域はダラ下がりになっている。 しかし、驚くべきことに20kHzでも一応-3dB以内に収まっているのである。 |

* 上記パンフレット記載の周波数特性(f特) *
使用機は「A社カセットレコーダ」となっており、メーカーも機種も不明である。 そもそも、当時の市販機にこれだけの録再能力を持つ高性能なカセットデッキがあったのだろうか? もしかすると、SDに最適チューニングした特注機だったのかもしれない。 いずれにしても、このグラフは当時の機材でSDの能力を最大限に発揮させた結果だったのだろう。 さて、そこで今回は、この「初代SD」の周波数特性が本当なのかどうかを実際にf特を取って検証することにする。 (まあ、そんなことは、今となってはどうでも良いことではあるが、そういうことを敢えてやろうとするのがこの学芸部なのである。) |
○検証の前提条件
検証対象のテープは、冒頭の写真の物で、TDK「初代SD」後期版のC-90である。 何せ、およそ半世紀前のカセットである。手持ちの中で最も状態の良さそうなものを選定した(笑)。 テープ端部は表面が荒れている可能性があるため、検証は、このテープの中間部分を使って行った。 今回の検証は周波数特性のみに特化したものなので、レベル変動、ノイズ、歪みなどは無視する。(=いくら酷くても今回の実験では問わないことにする。) 検証にあたっては、バイアスや録音レベルなど、できるだけ有利な条件を設定して行う。そこで、録音入力レベルは、-30dBとした。 測定は、20〜20kHzのスイープ信号を録音再生することで行う。 テープのレベル変動を考慮して、f特図は、スイープ信号を複数回繰り返し録音した後に再生した結果を重ねた図とする。 |
○使用機材
今回使用した機材は、SONYの最終フラッグシップ機である「TC-KA7ES」とNakamichiのオートアジマス機構付き再生オートリバース機「DRAGON」の2台である。 同じテープをそれぞれの機材で検証することにする。 |

* SONY TC-KA7ES *

* Nakamichi DRAGON *
実は、この他にも試したデッキはあるのだが、オートキャリブレーションの機種ではバイアス等が合わせきれずに「エラー」となったため、手動調整式の上記2台を使うことにした。 f特図は、ONKYO「SE-U55SX」を経由してAD変換し、フリーソフト「WaveSpectra」を使って描画する。 |
○検証開始
検証を開始するにあたって、各デッキでキャリブレーションを行った。 TC-KA7ESでのキャリブレーション結果は下のとおりとなった。 |

* SONY TC-KA7ESでのキャリブレーション結果 *
写真のとおり、HIGHレベルが出し切れていない。 これでも、BIASはマイナス側に目一杯、REC EQはプラス側に目一杯調整つまみを回した結果である(笑)。 続いて、NakamichiのDRAGONでの結果である。 |

* ↑Nakamichi DRAGONでのキャリブレーション結果(LEVEL) *

* ↑同 (BIAS) *
うむむ。見事である。 いずれも、調整ボリュームを回しきる必要はなく、余裕で合わせられた。 当然、レベル変動はそれなりにあるが、許容値と見て良い程度である。 およそ半世紀前の老練なテープ(笑)を軽く手懐けるとは、さすがにドラゴンである。 キャリブレーションが済んだところで、実際の検証作業に移った。 スイープ信号が複数回記録されたCDを音源として、それを各デッキで録音する。 当然ドルビーはOFFにし、録音レベルは「-30dB」に設定した。 |
○検証結果
検証の結果は以下のとおりとなった。 まず、SONY「TC-KA7ES」での結果である。 (いずれも、画像をクリックすると拡大されます。) |

* ↑TC-KA7 左ch結果 *

* ↑TC-KA7 右ch結果 *

* ↑(参考)TC-KA7 ソースモニターの特性 *
17〜18kHzあたりまではほぼフラットだが、それ以上で急激に下がっている。 高音部が完全にキャリブレーションされていないためだろうか? それでも、20kHzでは-5dBくらいにはなるが、しっかりと録音されている。 半世紀前のテープとは思われない優秀な特性だと思う。 ちなみに、グラフの縦軸を読むと-40dBになっているが、デッキとADコンバーターのレベルマッチングによりこうなったもので、実際の録音レベルは-30dBで行っている。 次に、Nakamichi「DRAGON」での結果である。 |

* ↑DRAGON 左ch結果 *

* ↑DRAGON 右ch結果 *

* ↑(参考)DRAGON ソースモニターの特性 *
う〜ん。これはもう脱帽ですね。 正直なところ、ここまでの特性が得られるとは思っていなかった。 ドラゴン君の体内でデータをねつ造しているのでは?? と思わせる程の素晴らしい特性である(笑)。 特に20kHz直前では土俵際の粘りのようなものが感じられる(笑)。 SDも凄いが、DRAGONもスゴイ!! という、何やらDRAGONの実力をあらためて確認した検証結果になった(笑)。 |
○まとめ
「初代SD」の実力は驚くべきものであった。 これで、当時のパンフレットの表現が決して誇張ではないことが検証された。 勿論、テープの性能を測る物差しは周波数特性だけではないが、カセットの大きな弱点の一つを大巾に改善した製品であったことは確かである。 このSDの登場によって、カセットが本格的なHi-Fi録音用メディアとして認識され、その後の各メーカーの開発競争につながったことでカセットの音が飛躍的に改善されていったのは周知のとおりである。 |
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