パネル高=わずか88o!
軽薄短小の時流に乗った?新時代デッキ!
○このデッキの特徴
タイトルにもあるとおり、本製品の最大の特徴はその薄さ(低い高さ)である。 1970年代後半辺りから、世の中の風潮が「重厚長大」型から「軽薄短小」型へ向かっており、電気製品も大きくて堂々としているものから、小型で高性能なものがより好まれるようになっていた。 その流れで、カセットデッキも薄型化の傾向にあったが、ナショナルはこの流れを逃さず、1978年に「M85」「M75」という、あっと驚くような超薄型の高級デッキを発売した。 カセットリッドとほとんど変わらない高さしかないブラックのパネル面に、横に多数並んだスイッチ類や蛍光表示管によるデジタルメーターなど、そのマニアックなデザインの格好良さに、館長も当時大いに購買欲をそそられたものである。(実際には買わなかったが。笑) 今回紹介する「M88」は、「M85」のメタル対応版で、外形はほとんど同じものである。 さて、その「M88」であるが、確かに前面パネルの高さは88mmである。 もっとも、パネルの高さは88oだが足の高さが約1cmあるので、デッキとしての全高は97oとなっている。しかし、それでも薄い! 正立させたカセットの高さは約6.3pなので、余裕は上下合わせて3pちょっとしかないことになる。 |
* デッキの全高は97oしかない! *
ヘッドやピンチローラー、再録音防止爪の検出機構など、正立しているカセット本体の上下にどうしても位置しなければならない内部メカだけではなく、強度が必要なデッキの筐体までその寸法の中で収められていることになる。 当然、パネルの高さ以内でそれらを収めるのは無理なので、メカの部分だけはデッキの足元ギリギリの寸法までデッキ底面を膨らませて必要な空間を確保している。 |
* デッキをひっくり返した写真。左上の底板が膨らんだ部分にメカが位置する *
その狭い空間に単にメカが収まっているだけではなく、高級機にふさわしい高性能な仕様となっているところが凄いところである。 |
* メカの部分を取り出した写真(M85のカタログから)。ヘッドブロックの直下は底板、直上は天板で、両者に挟まれた形でデッキ内部に収まっている *
この狭さで問題となるのは、テープの安定回転の確保である。 ワウフラッターを少なくするためには、キャプスタン軸にフライホイールを取り付け、その慣性力で安定回転させる方法が一般的である。 慣性力が大きいほど回転は安定するが、そのためにはできるだけ直径の大きなフライホイールが必要となる。しかし、薄型のデッキではあまり大きくできない。 本製品では、カセットの駆動メカにTechnicsのお家芸とも言えるダイレクトドライブキャプスタン方式が採用されている。 DDの場合は、モーターの回転部分がフライホイールを兼ねているが、本製品では、ケースに収まるよう直径をギリギリまで切り詰めた新開発の「平面対向型DDモーター」を採用し、FGサーボにクォーツロックをかけることで電子的な解決を図った。 それにより、ワウフラッターを当時最高の0.03%以下に抑えている。 |
* 平面対向型DDモーターの概念図(当時のカタログから) *
(モーターブロック下端はデッキの底板ギリギリなので
これ以上モーターを大きくできない。)
一方、リールの駆動には専用のコアレスモーターが使われている。 定速時もリールはこちらのモーターで駆動させるため、キャプスタンの回転に影響を与えないようになっている。 動作は全てソレノイドによるソフトタッチオペレーションで、余裕がないヘッド移動クリアランスに対応している。 本製品は2ヘッド方式であるが、録再ヘッドにはメタルテープに対応した「ラミネート方式SXセンダストヘッド」が使われている。 なお、このヘッドはメタル対応前の「M85」で既に採用されていることから、「M85」の基本設計がメタルテープ発売を睨んだものだったことを窺わせる。 |
* ラミネート方式SXセンダストヘッド(当時のカタログから) *
ところで、超薄型デッキの本製品であるが、実は奥行きがかなり大きく、普通のデッキの1.5倍くらいある。 本製品を上から見てわかるように、トップカバーの面積がかなり大きい。 |
* デッキ天板。奥行きがかなりある! *
その大きさを利用してか、何やらいろいろ印刷されている(笑)。 一番奥は、お約束のブロックダイアグラム。その手前左側は、本製品の機能の一つであるバイアス微調整を使った場合の周波数特性の変化のグラフ。その右は、ピークメーターとVUメーターを切り替えた場合(これについては「操作性」で触れる。)のレスポンスの比較グラフ。 まあ、以上については飾りみたいなものである。 |
* 天板に描かれたブロックダイアグラム、バイアスによる周波数特性の変化、PEAKとVUのレスポンスのグラフ *
(画像をクリックすると拡大されます。)
その下(手前側)には、何と、パネル面のスイッチ類の日本語説明が描かれている! これは実用的である(笑)。この辺はTechnics製品というよりナショナルの電化製品という感じがして、何とも微笑ましい(笑)。 |
* 天板に描かれたパネルのスイッチ類の日本語解説! *
(画像をクリックすると拡大されます。)
また、本製品はリア部にも特徴がある。 一般的なデッキの入出力端子は、後部の垂直なパネル面に設けられているが、本製品はリア部の一部が切り取られたようになっており、その部分に設けられたやや斜めのパネルに入出力端子が取り付けられている。 よって、入出力ケーブルのプラグは上から端子に差し込む形になる。 |
* リア部にある入出力端子(右はリモコン用ソケット) *
本製品は、高さは低いが体積は通常のデッキより大きいかもしれない(笑)。 重さも10.5sと重量級である。 つまり、本製品は「薄」ではあるものの、実は「軽」「短」「小」ではない中身の詰まった高級機なのである!(笑) |
本製品の電源スイッチはパネルの左端の中央部、イジェクトボタンの下にある。 館長が使い慣れているSONY製品などは逆で、一番上が電源、その下がイジェクトだったりするので、ちょっととまどう(笑)。 まあ、電源よりイジェクトの方が使う頻度が高いので、この配列は理解できる。 |
* 上から、イジェクトボタン、電源ボタン、ヘッドホンジャック *
電源が入ると、FLメーター、カセットリッド内とカウンターの照明が点灯する。 ブラックパネルの中心にともるカウンター照明はなかなかよい味を出している。 |
* テープカウンターの照明 *
イジェクトボタンを押すと、カセットリッドが静かにせり出してきて、最後に上部だけが手前に傾く。 せり出し幅が大きく、上部が傾いているのでカセットの装着や取り出しがしやすい。 |
* カセットドアをオープンした状態 *
カセットを装着したら、手でリッドを押し込む。 リッドは金属部分の表面に強化ガラスが取り付けられており、高級感があるだけではなく、化粧ネジで留められたガラス部分を取り外すことで、ヘッド周りのメンテナンスが容易にできるようになっている。 続いて録音の準備に入る。 使用テープの種類に合わせて「tape select」のレバースイッチを設定する。 本製品はメタルテープが使用できるが、このレバースイッチの表示は「normal」「FeCr」「CrO2」のみでメタルがない。 メタルテープを使用する場合は、レバースイッチを「CrO2」の位置にセットし、左隣にある「bias adjust」の丸いノブを引っ張る。 |
* 「tape select」スイッチ(右)と「bias adjust」のノブ(左) *
若干不自然な操作だが、本製品の前身「M85」をメタル対応化するにあたって、狭いパネル面の制約からスイッチの追加は難しく、「bias adjust」のボリュームをプルオンスイッチ付きにすることで解決したものと思われる。 これなら、スイッチが直付けされている内部のプリント基板の大幅な回路変更は不要で、メタルテープ用の小さい基板を追加するだけで済んだのだろう。(若干の手直しと使用部品の変更等は必要だったであろうが。) 最も、「M85」開発時からメタルテープ発売の予感はあったと思うので、この仕様も予定されていたことなのかもしれない。 また、本製品と「M85」との外見上の大きな違いも、この「bias adjust」のノブだけである。 「M85」には「output level」と同様の黒いツマミが使われているが、本製品のノブは銀色の金属光沢のあるツマミとなっており、引っ張ってメタルテープON状態にするとオレンジ色の2本のラインが現れるようになっている。 |
* 「bias adjust」のノブを引いた状態 *
テープの種類を合わせたら、「bias adjust」でバイアスの調整をするのだが、本製品は2ヘッドなので同時録再はできないため、本格的に調整しようという場合は録音と再生を繰り返すことになる。 さらに、本製品にはそのためのテストトーンを発振させる機能も付いていないので、本格的な調整はさらに難しい。 天板に印刷されているように、バイアスの可変によって高音域が変化するので、シビアに合わせ込むのではなく、お好みに合わせて調整するという使い方を想定しているのかもしれない。 ちなみに、通常は±0の位置で問題はなさそうである。 次に、レベル調整だが、その前に入力先を確認する。 パネルの下半分に並んだレバースイッチの一番右が「input select」スイッチになっており、上がマイク入力、中央がライン入力で、その下にレバーを下げると「rec mute」になる。 |
* 「input select」スイッチ *
入力先を確認したら、録音レベル調整に移る。 まず、録音スタンバイの状態にするのだが、それには、操作ボタンの「rec」を押すだけである。 内部でガチャと音がして、「rec」ボタン内の赤いLEDが点灯する。 |
* 録音スタンバイ状態 *
録音レベルはパネル右上部にある「input level」のボリュームで調節する。 こちらもパネル面の制約からか、一般的な高級デッキのツマミに較べると小ぶりである。 内側のL-ch用と外側のR-ch用の部分は一緒に動くので、バランスを調整する場合は、どちらかを抑えながら調整する必要がある。 |
* 「input level」(右)。左は出力ボリューム *
レベルメーターは先述したように蛍光表示管を使ったデジタル式である。 コンパクトで視認性がよく、当然ながら応答スピードは超速である。デザイン的にも黒い薄型フロントパネルにぴったり合っている。 このメーターは、0dB以下はイエロー、0dB以上はオレンジの2色表示で、明るさも調節できるようになっている。 「M85」ではイエロー単色だったようなので、本製品で見やすく改良されたようだ。 また、デジタルの利点を活かして「VU」と「ピークレベル」がスイッチで切換可能となっている。 「peak」だけでも良いような気がするが、当時のユーザーのほとんどは針式メーターの表示方法である「VU」に慣れていたための経過措置かもしれない。 実際、入力ソースによっては「peak」に切り替えると急にレベルが上がったように見える。 スイッチが「VU」のまま「peak」と勘違いしてレベル合わせをしてしまうとオーバーレベルになってしまうので注意が必要だ。(館長も一度失敗した。笑) |
* レベルメーター(下は切替スイッチ) *
録音スタンバイの状態から録音を開始するには「PLAY」ボタンだけを押す。 「PLAY」の黄色いLEDも点灯し、テープが動き始める。 本製品の操作系にはソレノイドが使われており、動作は確実で俊敏。大変小気味がよい。 録音を終了するには「STOP」ボタンを押す。 「STOP」ボタンに限らず本製品の操作ボタンは全て同じ大きさ・形なので、配置に慣れないとちょっととまどう。 本製品のスイッチ類は全体的に小ぶりだが、レバー式やプッシュ式のため、使いにくいということはない。 薄型ゆえの制約がある中で、よく考えレイアウトされており、プロ用機材のようなマニアックなデザインにつなげている。 実際にもなかなか使い勝手のよいデッキだと思う。 |
* 操作部の全体的レイアウト *
○音質
良い音のデッキである。 2ヘッドではあるが、ここまで来ると下手な3ヘッド機より良い。 同じテクニクスブランドのデッキでも、中低価格帯のものは価格に合わせて上手くまとめた音質というイメージなのだが(笑)、さすがに高級機になると俄然本気を出して音質を攻めてくる。 本製品も完全音質追求型であり、2ヘッドのフラッグシップ機として音質を極めようとした感がある。 特にクォーツDDのワウフラ0.03%が効いているようで、音に歪み感が少なく安定している。 オーディオ部の設計もしっかりしているのか、音の粒だちが良く、ハッキリとしたきれいな音質である。 まあ、定価で145,000円という、ちょっとした高級機の倍もする価格のデッキなので当たり前かもしれないが。 |
○まとめ
先述したように、本製品は前身の「M85」のメタル対応化機である。 「M85」がデビューしたとき、その薄型デザインの印象は強烈であり、カセットデッキの高級機として人気があったが、メタル対応化で、より「価格に見合う音質」のデッキとなった。 メタルテープの登場により新時代を迎えたカセットデッキの先達機の一つである。 |
○機 能
・ | クォーツロックデジタルFGサーボ平面対向型DDモーター(キャプスタン駆動用)とコアレスモーター(リール駆動用)の2モーターシステム |
・ | ICロジックによる純電子式メカニズムコントロール |
・ | ラミネート方式SXセンダスト録再ヘッド |
・ | ダブルギャップセンダストフェライト消去ヘッド |
・ | デジタル2色FLディスプレイ使用レベルメーター(VU/PEAK切換、輝度調節可能) |
・ | メタルテープポジション付4ポジションテープセレクター |
・ | ±15%可変可能バイアス調整つまみ |
・ | REC MUTE機構 |
・ | ドルビーNR |
・ | メモリーリワインド機構 |
・ | タイマー録音機能 |
・ | リモートコントロール可能(別売リモートコントロールボックス RP-9690等使用) |
・ | マイク入力 |
* リアパネル *
○スペック
・ | ヘッド:録再(ラミネート方式SXセンダストヘッド)×1、消去(ダブルギャップセンダストフェライト)×1 |
・ | モーター:クォーツロックデジタルFGサーボ平面対向型DDモーター×1、コアレスモーター×1 |
・ | SN比:58dB(XAテープ、ピークレベル) |
・ | 周波数特性:メタル20〜20,000Hz、XA(CrO2)20〜18,000Hz、ノーマル20〜16,000Hz |
・ | ワウフラッター:0.03%(WRMS) |
・ | 入力:マイク 0.25mV(400〜10kΩ)、ライン 60mV(50kΩ) |
・ | 消費電力:33W |
・ | 寸法:450(W)×97(H)×403(D)mm |
・ | 価格:145,000円 |
このページのTOPへ